ダイバーシティを考える ダイバーシティを考える

澤井 さわい 芳信 よしのぶ さん

株式会社スポーツバックス 代表取締役。1980年、京都府生まれ。同志社大学文学部社会学科産業関係学専攻卒業。大学在学時は体育会硬式野球部に所属。社会人野球での現役生活を経て、2013年に株式会社スポーツバックスを設立。アスリートのマネジメントをはじめとするスポーツビジネス事業を展開。

同志社大学  植木 うえき 朝子 ともこ 学長

安久 あぐ 詩乃 うたの さん

株式会社堀場製作所勤務。1998年、京都府生まれ。同志社大学心理学部卒業。中学校からアーチェリーを始め、大学在学時は体育会アーチェリー部に所属。2022年6月には、アーチェリーワールドカップ・パリ大会女子リカーブ個人で日本人初優勝。現在もオリンピック出場を目指し、社会人アスリートとして活動。

心身共に健やかな「姿勢」と
周囲が応援したくなる
生き方を大切に

植木 本日はお忙しい中、誠にありがとうございます。澤井芳信さんは2003年3月に本学文学部社会学科産業関係学専攻を卒業されました。9歳から野球を始め、1998年夏の甲子園では京都成章高校野球部の主将として準優勝されました。本学でも体育会硬式野球部に所属され、3年次では関西学生リーグのベストナインにも選ばれました。卒業後は社会人野球を経て、スポーツマネジメント会社に就職後、早稲田大学大学院スポーツ科学研究科修士課程で修士号を取得。在学中の2013年に株式会社スポーツバックスを設立され、現在も同社の代表取締役を務めておられます。安久詩乃さんは2021年3月に、本学心理学部を卒業されました。中学校からアーチェリーを始め、高校生で70mラウンドの高校女子記録を更新し、ナショナルチームにも入られました。本学でも体育会アーチェリー部で主将を務め、東京2020オリンピック競技大会日本代表の候補にも選ばれました。卒業後は株式会社堀場製作所に入社され、2022年6月にはアーチェリーのワールドカップ第3戦女子リカーブ個人において、日本人として初めて同種目のワールドカップ制覇を果たされています。まずお二人が現在取り組まれている事業や活動について、教えていただけますか。

澤井 主にプロのアスリートやオリンピック出場選手などのマネジメントに特化した業務を行っています。スポーツに関わる栄養士、調理師、トレーナーなどのマネジメントもしています。またスポーツの知見を生かして、スポーツファシリティのコンサルティング事業も展開しています。

植木 選手として活躍されたご経験から、スポーツをする側の人の気持ちもよくお分かりなのではないですか。

澤井 僕はプロになりたくてずっと野球をやってきて、プロになれませんでした。今は目標としていた世界での活動を、アスリートの皆さんを通して実現させていただいていることに感謝しています。また彼らは、非常に厳しい世界で戦っています。彼らの辛さに寄り添うとき、自分の経験が生きているのかなと思います。

植木 安久さんはお仕事と競技活動を両立されていますね。

安久 昼は会社で仕事をして、夕方から夜にかけてアーチェリーの練習をしています。大学時代からナショナルチームに在籍していますので、海外遠征や東京での合宿があるときは会社に休みをいただいて競技に集中し、仕事が多いときは練習しつつも仕事に集中して、よいバランスを保てています。

植木 多様な活動の中で、大切にしておられることは何ですか。

澤井 一つは「姿勢」です。立っている姿勢、物事に取り組む姿勢。姿がちゃんとしていないと勢いが出ないという、「姿勢」という言葉は、よくできた日本語だと思います。もう一つは「ちゃんとする」という態度。別の表現をするなら、北海道開拓の父であるクラーク博士の“Be gentleman”という言葉が腑に落ちます。要は、良心に従いなさいということです。アスリートのマネジメントは、基本的に信頼によって成り立っていますから。

植木 同志社大学も良心教育を建学の精神にしていますので、つながりを感じられて嬉しいです。姿勢とは、精神的な構えと肉体的な姿の両方が重なってできるものというお話に、非常に納得しました。

安久 私は大学を卒業して競技生活に専念するのか、仕事との両立を選ぶのかという場面に立ったとき、「応援される人になりたい」というモットーを大切にして道を選びました。スポーツだけができる人間ではなく、会社や社会のことも勉強して、本当に応援したいと周囲から思ってもらえる人になりたいと。その中で微力ながら、何か社会の役に立てればいいなという思いもありました。

自らの思考と行動で苦境を
打開した先に
広い世界が
待っている

植木 現在の活動で苦労されていること、苦労を乗り越えて達成できたことはありますか。

澤井 僕の会社には現役だけでなく、引退したアスリートもたくさんいますので、この人たちの人生を背負って仕事を作らなければという責任感とプレッシャーがあります。例えば巨人軍やMLB(メジャーリーグ)で活躍した上原浩治さんのマネジメントもしているのですが、上原さんが現役時代に残した実績、つまり財産を僕に預けてくださったことへの責任は非常に大きいです。でも、それがやりがいだし、そこに楽しみを見出しながら取り組んでいます。

安久 私の場合、社会人になって最初に衝突した壁が、練習量が学生時代に比べて半分以下になったことでした。そのために体力も減ってしまい、試合での不安要素になりました。そこで練習の目的や記録など、自分のやるべきことを毎日ノートに書いて頭の中を整理するようにしたら、たとえ2時間の練習でも非常に有意義に時間を使えるようになりました。スケジュールやタスクを明確にするという点で、仕事にもよい影響を与えています。そうして練習にも仕事にもよい影響を与えながら、乗り越えることができました。

植木 澤井さんも深くうなずいておられます。タスクや目的の明確化は、まさにマネジメントとしてすべきことですね。

澤井 限られた時間内で不安を抱えながらご自身で試行錯誤し、結果を出しておられるのはすごいです。

植木 自分で考えて組み立てることが大事なのでしょうね。

澤井 考えてやり切った結果、自分の幅が広がり、自由度や自主性が広がっていくのだと思います。

スポーツは人をつなぎ
パッションをもたらしてくれる

植木 大学でも学生さんに対して、ともすると自分の専門分野だけに集中して視野が狭くなりがちな中で、いかに勉強の幅を広げてもらうかを私たちは常に考えています。お二人のような卒業生の存在を、ぜひ在学生に知っていただきたいです。さてスポーツを支える側、あるいは現役選手として活躍されている立場から、スポーツの魅力を教えていただけますか。

安久 自分の人生の糧になる点が大きな魅力です。その中で、このような場やアーチェリーの講習会などに呼んでいただくことで、多くの方とつながれることが一番の喜びですし、それがスポーツの一番の魅力かなと思います。私が大学4年のときは、コロナ禍で大会がすべて無観客になったので、なおのこと、つながることの大切さを感じます。また私はあまり英語が得意ではありませんが、海外での試合では各国の選手と、言語に関係なくコミュニケーションがとれます。同じルールで同じ競技をしているというだけで、スポーツには人をつなげる力があるのだと思います。

植木 アーチェリーは個人競技ですが、活動全体を通していろんな人とのつながりが生まれるのですね。

澤井 スポーツは生活に不可欠ではありません。でもWBC優勝、バスケットボール男子のパリオリンピック出場決定、ラグビーW杯など、歓喜と熱狂がスポーツを通じて起こりました。スポーツは人にパッションを与えてくれる、非常に魅力的なエンターテイメントでもあるところに大きな価値があると思います。植木学長は、「スポーツって何」と聞かれると、どういったことを浮かべられますか。

植木 私自身は観戦専門ですが、選手たちの自分との戦いの大変さを思うと、強い尊敬の念を抱きます。私もまた頑張ろうと思えます。

澤井 他にも教育や健康など、スポーツには本当にいろいろな価値があります。それを見出したとき、人はスポーツって楽しいなと思う。だから衣食住のように不可欠ではないけれども、人と切り離せないものがある。そういう魅力をもっと発信できたらと思います。

「する人・観る人・支える人」の協働によって
スポーツの力はさらに発揮される

植木 確かに大学スポーツが頑張っていると、同じ大学にいる者として誇らしいし、嬉しいですね。勇気や元気をもらいます。対外的に大きな発信にもなります。そのように世界を舞台にして活躍しておられるお二人から、日本と世界のスポーツに対する考え方の違い、課題があれば教えてください。

澤井 それぞれによさはありますが、世界で活躍することには厳しさと、大きな見返りがあります。野球なら、MLBで活躍すれば巨額のお金が稼げて、それが魅力にもなっています。日本のプロ野球は国内スポーツでは報酬はよい方ですが、MLBとはまだまだ差があります。一方でアメリカなどでは、一般の人たちにとってスポーツやトレーニングは生活の一部です。スポーツの楽しみ方は海外の方がうまいと、強く感じます。ビジネス面でも、海外の方が制度設計やシステム作りは非常に上手です。大学でも、学生スポーツは皆が楽しめる一つのコンテンツになっていたり、大学の象徴にもなっていたりするため、スポーツに投資する大学は多いようです。大学はスポーツに関する管理体制にも重点を置いていて、そこは日米で大きな差を感じます。それにアメリカの大学では、スポーツ選手もちゃんと学業を修めないといけない制度になっています。

安久 娯楽としてのスポーツを実際に経験したことがあります。去年の秋、メキシコで開かれたワールドカップファイナルに出場しました。1年間のワールドカップでよい成績を残した8人しか出られない試合です。メキシコシティからちょっと離れたトラスカラという町で開催されたのですが、パレードが行われたり花火が上がったり、お祭りみたいな状態でした。観客席も満員で、ホテルから一歩外に出ると、どっとサインを求められるほど。その街の方々は、とても大きな試合があるらしくて世界的な選手が来るらしいというだけの情報で、すごく盛り上がっていました。マイナーと言われるスポーツでも、初めて見る面白さを全員が感じるように試合が作られていました。日本ではないことだと思います。

植木 興味深いですね。同志社大学は2019年に「同志社大学スポーツ憲章」を制定しました。憲章では「『良心を手腕に運用する人物』を養成する一環としてスポーツ活動に取り組み、良心教育の発展と深化を目指す」と謳っています。スポーツを通じた同志社アイデンティティの醸成にも触れており、同志社スポーツに関係をもつすべての人々、つまり同志社スポーツを「する人」「観る人」「支える人」のつながりの価値についても触れています。それら三者のつながりについて、お考えをお聞かせください。

澤井 スポーツは、する人・観る人・支える人がいるからこそ成り立ちます。例えば大学の野球部なら、学生が応援にいきたいと思える部や選手になっているのかも、重要なキーです。選手は教育の一環である勉強もできないといけないことも考えれば、やはり部活は大学・体育会と連携して、同志社のスポーツ人としてあるべき人材をどう育てていくかが、一番大事なのではないでしょうか。それができれば、もっといろいろな人を巻き込んでいけるのではと思います。憲章には「学生自身が目標達成のために計画を立てて実行し、その過程において他者との信頼・協力関係を築き、リーダーシップやコミュニケーション能力を伸ばすことを期待する」ともあります。まさに安久さんが体現されていることですね。結局それらは先ほどの、何事をするにも「ちゃんとする」という話に戻ります。それが“Be gentleman”であり、良心に従うこと。その先に、する人・観る人・支える人の関係が構築されるのではと、強く思いました。

植木 安久さんの「応援される人になりたいから頑張っている」というお話と重なりますね。

安久 大学4年のとき、大学生の団体戦日本一を決める王座決定戦での優勝が、私たちの目標でした。そのために仲間と確認したのは、日本一のチームを目指すこと。部活の規則を守る、自分の目標を明確にもつなど、まさに「ちゃんとする」ことをこつこつ積み上げれば、結果として日本一になれるのではと。そうして王座決定戦で優勝できました。するとライブ中継を観てくれた高校生が、アーチェリーをしたいと同志社大学に入ってくれたんです。すごく嬉しかったです。私は今、大学アーチェリー部のコーチもしていますので、学生を支える立場でもあります。その立場としては、部活として「ちゃんとする」ことを指導するのはとても大切です。スポーツは結果だけではなく、する人・観る人・支える人の全部が気持ちよく、よい結果に導かれていくような関係性が非常に大切だと思います。

自由の中で歩みを止めず
信念を貫いてほしい

植木 その通りですね。ここで少し時間を遡り、学生時代のエピソードをご紹介いただけますか。

澤井 石田光男先生の「産業関係論」の授業が心に残っています。2年生で履修したときは内容が難しすぎて、小論文のテストでは30点満点の3点でした。その他のテストやレポートを合わせて100点満点なのですが、その3点で単位を諦め、3年生で再履修しました。今度は石田先生に積極的に質問して勉強した結果、最終的に99点を取れました。非常によい経験でした。勉強も野球も充実していて、ベストナインを取得したのもそのときです。産業関係学専攻は大学一レポートが多いと言われていて、苦しかったけれども、文章力や社会に関係する言葉を発する力がついたかなと思います。

植木 言葉は本当に大事ですね。澤井さんも安久さんも、お話しなさる言葉に力を感じます。その原点が、レポートで苦労して言葉を紡いでおられた経験にあったとは、嬉しく思います。学生生活で楽しかった思い出も伺えますか。

澤井 せっかく同志社大学に入ったので、野球部以外の友だちも作ろうと意識して過ごしていました。

安久 私も同様です。部活や学部にとらわれずに築けた友人関係は、今も続いています。

植木 大学は人間関係がさらに広がる場なので、多様な出会いをしていただけて嬉しいです。安久さんは、印象に残る授業などはありますか。

安久 私は心理学部で杉若弘子先生のゼミに所属していました。コロナ禍で対面授業がほとんどなく、卒業論文に必要な実験への協力者集めにも苦労しました。オンラインで工夫しながら参加者を集めて実験を行いましたが、予想した結果を得られず悔しかったです。でも最終発表を聞いてくださった杉若先生や他の先生方から、困難な時期に工夫して、新しいやり方で実験をしたことは非常に評価できる、この経験は絶対に将来に生きてくると言っていただいたのをよく覚えています。

植木 そのご経験は、練習のメニュー作りや仕事にもつながってきますね。最後にお二人から、同志社大学で学ぶ学生さんたちにメッセージをお願いします。

澤井 大学生時代は、自分の考えや良心がどんどん大人になっていく段階です。自己規制や自分のルールを守る姿勢を、自分の中でしっかりもっていただければと思います。僕の学生時代には真面目なことをするとバカにされるような風潮がありましたが、「かっこいいバカ」になりましょう。あとは、学び続けてほしいです。

安久 同志社大学はとても自由あふれる学校だと、卒業してから思いました。やりたいことは何でもできます。学生生活はあっという間に過ぎてしまうので、足を止めず、部活でも勉強でも自分のやりたいことに信念をもってチャレンジしてください。

植木 本日は誠にありがとうございました。

YouTubeにて鼎談の様子を公開中